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福岡家庭裁判所飯塚支部 昭和44年(家ロ)1号 判決

原告 宮崎国夫(仮名)

被告 大原君子(仮名)

主文

被告の原告に対する福岡家庭裁判所飯塚支部昭和四三年(家イ)第三九号夫婦関係調整調停事件の調停調書に基く強制執行は許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

本件につき昭和四四年八月二八日当裁判所がなした強制執行停止決定を認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、請求の原因として、

一  原告と被告は昭和四三年六月一〇日夫婦関係調整調停事件(当庁昭和四三年(家イ)第三九号)において、調停の成立により調停離婚し、原被告間の子の親権者の指定に関する事項のほか次の如き調停条項を定めた。

(第三項)本件原告は本件被告に対し慰藉料(養育費を含む)として五〇〇万円を次の方法で支払う。

(1)昭和四三年六月一〇日金三〇万円及び○○○○○○株式会社の株式一〇〇株券(番号第六六乃至第七三号)八枚額面八〇万円を金八〇万円として支払うものとし本日調停の席上その支払を了した。

(2)昭和四三年六月二〇日限り金四〇万円

(3)昭和四三年八月三一日限り金一五〇万円

(4)昭和四四年一月五日限り金二〇〇万円

上記(2)(3)(4)号をいずれも福岡家庭裁判所飯塚支部に寄託して支払う。

(第四項)被告は原告が前項の支払を完了したときは、○○市場商業協同限合及び有限会社○○○○市場の店主名義を速かに被告から原告に変更しなければならない。

(第五項)(1)原告が第三項第三号の支払を昭和四三年一〇月末日までに終えなかつたとき

(2)及び第三項第四号の支払を怠つたときには

上記(1)(2)各々の時までに原告が申立人に支払つた金額の半額を原告は被告から返還をうけたうえ直ちに○○○○市場内の店主名義被告にかかる原告経営店舗を明渡す。

(第六項)〈省略〉

二  しかして被告は原告が右第三項第三号の支払を怠つたものとして執行文の付与をうけ、右明渡の強制執行に着手している。

三  しかしながら、原告には右支払につき不履行の事実はない。

原告は前記調停条項第三項第三号の支払の際は、その許容された期限である昭和四三年一〇月三一日を約一〇日経過して第三項第二号の不足分二二万円と当該一五〇万円計一七二万円を持参したのであるが、右は被告が故意に原告の債務の履行を妨げたため遅れたものであるから、原告の責に帰すべきものではなく、従つて履行遅滞ということはできないものである。即ち、元来被告が調停の申立をしたのは単に五〇〇万円の支払をうけることだけが目的ではなく、あわよくば原告所有の本件店舗(これは被告名義となつているが、調停成立前の和解条項の金員支払確保のため原告において便宜上被告名義にかえていたものである。)をとることを目的としたものである。昭和四三年五月五日には、原被告双方の親族が立会のうえ離婚に関する協議がなされた結果、原告から被告に五〇〇万円を提供する約束が成立していたのであるが、被告は調停において右金員の支払に過怠約款を付さしめたうえ金策を妨害して原告の金員支払を遅滞に陥らしめ、これに基き原告の店舗を奪取することを計画した。このため、まず同年五月中旬に原告の商品仕入先である東京の卸問屋四軒(それぞれ原告が債務を負担している。)に原告の店はもはや経営困難であるから原告方の商品をひきあげるよう連絡し、同年五月二八日に在店の商品をひきあげさせ、原告の商売を二日間不能ならしめた。被告は原告がかねて金策に窮していることを十分知つており、商品全部を引上げられれば当然商売はできず、問屋筋からの借金の請求も急になり、原告の金策は到底不可能となることを考え、更に東京の○○商店に対しても前同様の連絡をなし、結局原告の金策を不能ならしめて計画どおり前記一五〇万円の支払を遅滞におとしいれたのである。なお被告は原告と取引のある金融業者数名に対しても原告には絶対金を貸さないでくれと申入れ、原告の金策を妨害したのである。

なお、かかる場合には民法第一三〇条の類推適用が考えられるべきである。

四  仮に右主張が理由がなくとも、被告は、原告が離婚の責任上極力円満に調停条項の履行を完了すべく苦労して金策のうえ前記のとおり支払のため提供する等努力し、最終的には昭和四四年一月六日(約定の五日は日曜であつたため)支払金額の残額全部である三七二万円を用意して受領方を頼み家庭裁判所に寄託したにもかかわらず、前記一五〇万円の支払がわずか一〇日余り遅れたことを理由にあくまでもその受領方を拒否し、原告の誠意を無視して原告唯一の命の綱である本件店舗を奪取しようとしているものであつて、かかる被告の執行々為は、社会一般の常識を離脱した行為であり正に権利の濫用といわなければならない。

と述べ、

証拠として甲第一、三号証、第三号証の一ないし三を提出し、証人宮崎音三、同杉浦安男の証言及び原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として、

原告主張一、二の事実は認めるが、其余の事実は否認する。原告は自ら債務不履行にあるのを詭弁を弄して家屋明渡執行を免れようとするものである。なお、原告所有の商品を卸問屋が引きあげたのは原告と右卸問屋との代物弁済契約によるものであつて被告に何ら関係のないものである。

と述べ、

証拠として乙第一ないし第七号証、第八号証の一ないし七を提出し、証人富田守枝の証言及び被告本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一  請求原因一及び二の各事実については当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第二号証及び原被告各本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、原告と被告は昭和一九年に結婚し、子供を四人儲け、本件店舗等で○販売業を営む等して来たが、原告の女性関係が主因となつて昭和四三年五月五日両者間に離婚話がまとまるに至つたこと、しかしながら右翌日被告より当庁に夫婦関係調整の調停申立がなされ、改めて話合を重ねた結果、同年六月一〇日、原告主張一の事実記載のとおりの条項で調停が成立したこと、しかして原告は本件店舗で○販売業を継続することとなつたが、右調停条項の履行については最終期限迄に全部の支払を完了すればよいであろうとの安易な気持があつたうえ経営自体思わしくなく、同年九月に至るも条項記載どおりの支払をしなかつたこと、同年一〇月末日の本件店舗明渡期限の到来直前原告は金四〇万円を裁判所に寄託したが、係官より不足額の調達を勤告され、改めて同年一一月一〇日に一五〇万円を寄託したこと、一方被告は同年七月まで履行期到来分につき請求していたが、冷淡な返事しか得られず、同年一一月に至り原告から四〇万円の寄託がある旨当庁より通知をうけたが、これが約定の一部にすぎず、且つ今後の履行が信用できないためこれを拒絶し、同年一一月一〇日の一五〇万円についても同様受領方を拒否したこと、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三  右事実によれば、調停条項に定められた昭和四三年一〇月三一日の期限迄、債務の本旨に従つた履行のなかつたことは明らかである。原告は右期限を一〇日間経過後約定の一五〇万円を揃えて提供しているのであるが、それ迄の誠意に欠けた履行状況よりみて被告が将来の支払方を懸念し、調停条項に従い店舗の明渡を求めるべく右受領を拒否したことは無理からぬものがあり、これをもつて直ちに信義則に反するものとは認め難いところである。そうすると原告には前示調停条項第五項第一号にいう不履行があつたものといわざるをえない。

四  原告は右債務不履行が被告の金策妨害によるものであると主張するが、証人杉浦安男の証言及び原告本人尋問の結果によつては未だ原告主張事実を証するに足らず、他に被告が原告の金策を妨害し、故意に被告への調停条項に定めた金員の支払を遅延せしめた事実を認めるべき証拠はない。原告の右主張は理由がない。

五  しかしながら、なお前掲証拠によれば、原告は期限から一〇日問経過したがともかく債務を履行すべく約定の一五〇万円を提供したほか、昭和四四年一月六日には残額三七二万円全部を当庁に寄託し、これまでの懈怠を一転履行に努力して支払に誠意をつくしていること、本件調停における五〇〇万円は慰藉料及び子の養育費であるところ、これは第一次的には金員で支払うべく、店舗の明渡はあくまで担保的なものとされていること、従つて右調停成立にあたつては今後原告が本件店舗で営業を継続することが一応前提とされているところ、現に原告は本件店舗で営業を継続しているが、これを明渡すときは右営業の死命を制するに等しいこと、被告は原告の右残額全部の提供に対し受領を拒否し本件店舗の明渡を求めて執行にふみきつたが、被告がかかる行為に出たのは、原告のこれ迄の不誠実さに対する容認しがたい感情のほか、子の将来更にはいつか原告が被告方に戻る場合もないではないこと等を考慮し店舗を明渡して貰うのが得策と判断するに至つたためであり、他に右金員の受領を拒否する理由はないこと、原告は時日を経過するも被告が右金員受領を拒否する態度をかえないため同年三月一〇日寄託を取下げたが、支払の意思はあり、又支払不能の状況にあるものとはいえないこと、以上の事実を肯認することができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、被告の本件執行は、原告の履行遅滞を理由になされたものではあるが、右諸事情を総体的に勘案するとき、金員の受領をあくまで拒否し店舗の明渡を求めるのは社会的に容認された限度をこえるものといわざるをえない。

調停調書において確定された権利といえども信義に従い誠実に行使すべきことは当然であつて、これを濫用してはならないことは明らかである。被告の本件強制執行は右諸事情のもとにおいては信義則に背反し、権利の濫用というべきである。

六  してみると、原告の被告に対する本訴請求は結局理由があるから認容さるべきものであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、強制執行停止決定の認可ならびにその仮執行宣言につき同法第五四八条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 工藤雅史)

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